nekosuke-oxo: 第十二夜「烏天狗」 あれはなんだ。 椛のお山を飛んでいたら、八重葉の隙間を濡羽ノ色がちょろちょろしていた。なんだ、六の坊、また落ちたのか。からかってやろうと大枝へ降りたら
nekosuke-oxo: 第十二夜「烏天狗」 あれはなんだ。 椛のお山を飛んでいたら、八重葉の隙間を濡羽ノ色がちょろちょろしていた。なんだ、六の坊、また落ちたのか。からかってやろうと大枝へ降りたら、其れは六番めの小天狗ではなくて、なんだか妙な奴だった。「おぉい。お前は龍を食べる者かい」 枝へ座ったまま近寄らずに、取り敢えず声を掛けてみる。椛色の袖がはためく。声を聞いたのでおれを捜して、そいつはその場をくるくると回った。ふっくら積もった落ち葉の上で下駄を履いた足がよろめく。あ、と声を上げたかと思えば、いとも容易く転げてしまった。……違うな、おれも今まで見たことがないが、こんなのかるらの化身ではないな。羽無しは人寺で偶に見るが、どうにも様子が違って見える。「だれか、いるの」 上を見上げてそいつが云った。鈴のように高い音だった。「竜胆を選んでいたら迷ってしまったの。だれかいるのならどうぞ、どうぞ、わたしを案内くださいまし」 大きな瞳とまなこが合った。小天狗なんぞの比ではなかった。 頬は白くて唇赤く、はちはちと瞬く睫毛は長く。広がった髪は艶やかで、背の羽と違い光っていた。「あなたは、もしや、天狗さん?」 鈴音がまた転がった。「わたしを、さらいに来たのでしょうか?」 それはつくづくおれとしては、ぎょっとする程何もかも、柔らかで上等に出来ていた。あいたァ、これは拙いことをしたか。こいつはあれだ、確証はないけど。ゆめゆめ遇うなと掟のあれだ。長の耳へ入ればとんだ仕置きぜ。どうしようか、食ろうてしまうか。旨いだろうか、惑わされるとはまことだろうか。「お前、女かい」 一応問うと、白い顎がこくりと下がった。やはりそうだ。おれは項垂れる。女がお山へ入ったとなれば、見つかり次第攫われるだろうな。――なんだかそれは、面白くないな。考えたおれは一先ず言った。「出くわしたのがおれでよかったな。天狗が恐ろしくはないかい?ないならお前を連れて飛んで、里の門まで送ってやろうか」 女のこどもが答えるまで、おれは変な気分だった。すこし思案し頭を下げたとき、どうしてか胸を撫で下ろしていた。傍へ降り立つとそいつの背丈は、おれよりだいぶちいさかった。「ついでに、良い竜胆畑を知りたいかい」 するとこどもはぱっと笑った。これは特に言うつもりはなかったが、尖った口先からつい出てきたんだ。これが惑わされるというやつだろうか、思いながらもおれはそろりと、柔らかなそいつの手を握った。 初出:同人誌「怪奇と情」絵・ねこ助文・結簾トラン 絵や文章の転載はご遠慮ください。 Reproduction Prohibited. -- source link